私たちが広島に移って来たのは40数年前、育ち盛りの二人の男の子お抱え、おまけに前の年隣から出た火災に類焼して無一物になっており、生活はとても苦しかった。
その頃家内は愚痴も云わず「私のこと、皆さん人形みたいと云ってる」と明るく振るまい暮らしていた。「人形みたい」とは、美しいとか可愛いという意味ではなく何時も同じ服を着ていると云うことである。街に出掛けるときも学校の参観日にも常に同じ服、辛かったであろうが懸命に生きていた。
そんな一家の楽しみは、当時ひとつしかなかったデパートの屋上遊園地で子供たちを遊ばせ、大食堂で食事をすることだった。そしてその理想の献立が「Aランチ』、ランチにはA.B.Cのランクがあり最も豪華なのが『Aランチ」だった。しかしそれは見果てぬ夢、結局は安いうどんかラーメンせいぜい奮発して『Cランチ」、楽しいそしてちょっぴり淋しい思い出である。
今はデパートの大食堂もなくなり、もちろん「Aランチ」もない。食べ損なった恨みが40年経ったいま、つい口に出たのか、久しぶりに老妻を愛おしく感じた。
“家庭の事情”を与り知らないから、子どもは幸せでいられるわけだ。
返信削除いま読んで「へ〜」と思うくらいで、苦しかった実感なんて全然ないもんね。
で、いつも「お寿司食べたい」と云ってたわけか、親不孝もんが(笑)。
…ところで、広島に来てからの話だったら、
デパートは福屋と天満屋、当時すでに二つあったよ。
子どもはそういうことはよく覚えているものだ。